第19回の + a crossing は、錦見映理子さんの短歌作品三首です。都会の夜の風景が、天地創生の物語にまで遠くつながるような作品です。どうぞお読みください。歌評は、高島裕さんを予定しています。
「夜の神話」 渦状の銀河のなかにいるような夜の渋谷の交差点かな右脚を何度も上げて駅ビルのヨガ教室に目を閉じている金銀の硬貨ちらばり一瞬で別人になる神話いくつも 錦見映理子(にしきみ・えりこ)未来短歌会所属。歌集『ガーデニア・ガーデン』
富山市在住・歌人
三首は七夕、神話と主体の心の動きを日常に着地させた印象です。
一首目。私もスクランブル交差点を思い浮かべました。不思議な点は、「渦状の」という
俯瞰的視点と「なかにいる」視点が同時に提示される、映像では表現し得ない複眼的認識を
文字によって表現し得ていることです。太陽系の属する銀河は渦状なのか。識者の意見を
参考にするしかないが、渦状であるとものの本で見たことがあります。主体は例えば夜空を
見上げて、乳色の帯があるのと同様に、交差点のなかに一群の帯を見つけたのかも知れない。
地域によって差はあるが、渋谷ならば線占有の法則で人が動くのだと思います。これは人が
自然に帯状に通行帯をつくりあげる状況があることに関する私の造語なので信頼性は保障しま
せんが、人口密度の高い地域に暮らす人々は交通の効率化のために他者の動線を侵さない
ように歩き、人口密度の低い地域の人々は雑踏に出ると次の一歩をとりあえず空いている場所
に踏み出すことを繰り返すために各々の動線が滅茶苦茶になる。これを線占有に対して点占有
(空いた場所を先に占有した者が次の一歩を踏み出せる)と仮に名づけました。簡単に自動車の
例でいうと、進行方向に路上駐車の車があって交通を妨げられた場合、対向車を優先するのが
線占有、対向車線に車が走ってこようとも先に通路に入り込んだ車が優先されるのが点占有です。
…そんな線占有の秩序を「渦」から感じました。
二首目。「自分磨き」の一場面か。一首目の影響からか、ここにも複眼的な印象が残ります。
電車の窓から、夜に煌々と明かりをつけたビルのスタジオのクリアガラスを通して練習風景が
見えるような気がしてくる。あれは教室の宣伝のためにわざわざ見えるようにしているのだと思う
が、奇妙な感じに陥ります。一方、主体はヨガ教室に目を閉じているわけで、しかも駅ビルの教室
ならばビルの外から誰かに見られる状況ではないですけれども。
三首目。「神話いくつも」といわれてもよく知らないので、「一瞬で別人になる」ことから、タイス
とかマイフェアレディとか、その類の話を想起しました。都会でヨガ教室に通いながら、魔法の
ように一瞬で別人になることを七夕の短冊に書こうとしているのかなと。余談ですが、ちょっと
気づいたのは助詞の「で」の音。私はあまり気にしませんが。
投稿情報: (た) | 2009年7 月13日 (月) 00:44
一首目
スクランブル交差点を思い浮かべました。
人をかき集め、それらが大きな流れを脈打ちながらも
ここはばらばらの動きをしているような光景は、
渦状の銀河に見えます。
また、渋谷の「渋」の右下の部分が、銀河の「渦」の
部分を暗示しているようで、面白みがあります。
二首目
英雄のポーズを思い浮かべました。
右足を何度も上げるかはわからないのですが、
片足を上げる動作があり、けっこうバランス感覚を
要する動作らしいです。
また、途中、背中を地面に平行にした飛行機の姿勢が
あり、ここから、駅ビル(空中)ということもあいまって、
目を閉じたイメージは、教室を出て、外を俯瞰しつつ
三首目に移行していくように感じます。
夜景が金銀の硬貨に見え、
天文学的な確率で「すれ違う」という関係性を経て
人々は一瞬で他人になります。
視点としては、自分のことであっても、突き放して
外から包括的に見つめる神のような視座があるようです。
投稿情報: 山本剛 | 2009年7 月 7日 (火) 03:26