ごぶさたしております。
今回の歌評は、錦見映理子さんです。作者の立ち位置を問いかけながら、丁寧に読んでくださっています。どうぞお読みください。ご意見などはコメント欄へどうぞ。
五島諭「コント」三首評 錦見映理子
傘の用途(詞書)
グリップをかるく握って笹の葉の揺れるあたりをさっ、と振り抜く
「傘の用途」と詞書があるから、この「グリップ」は当然、傘の柄のこと。道沿いに笹が生えているのだろう。風に笹が揺れている。その道で、ゴルフクラブみたいに閉じた傘の柄を握って、笹の葉の群れに向かって「さっ」と振り切る(笹の葉が擦れた音がするだろう)。
「振り抜く」という言葉には「振り切る」と「振り放す」という二つの意味があるが、ここは前者だろう。中年男性がゴルフの練習に傘を使っている風景を思い浮かべる。または、歩きながら片手で笹に傘を突っ込みながら歩く少年、を思い浮かべてもいい。
これは普通に読んで皮肉だろう。傘の用途なわけがない。「本来の用途」の通りに物を使うのは面白くない、と思う作者であることがわかる。ただ、この歌の眼目をそこに求めたくない気がする。一読して爽やか。それほど歌に重い意味を付与したくない気配がある。それは「かるく」「笹の葉」「揺れる」「さっ」「振り抜く」などの言葉の、音の軽さによる効果である。できればここは、ゴルフオヤジではなくて、田舎の少年が雨の止んだ学校からの帰り道に、道沿いの笹に向かって邪魔になった傘を思い切り振り回して遊びながら帰っている、そんな景色のみえる歌として受け取りたい。
時間を敵にまわす稚拙な生き方の 花の写真のあるカレンダー
時間を敵にまわす生き方とはどういうものか。昨今のアンチエイジング・ブームを思ってもいいけれども「敵にまわす」というほど激烈なものかどうか。もはや無理とわかっていつつ抵抗してあれこれやっているのは主に女性の趣味に見える。それを「稚拙」と言っているのだろうか。この上句を受けて、一字の空白ののちの下句「花の写真のあるカレンダー」にそれを象徴させる形となっている。時間を止めるものとしての写真。そして花(命短きもの)。カレンダーはどうしても時間を思わせるし、上句とイメージが近すぎて、広がりが足りない。稚拙と決めた段階で広がりは失われているので、この下句に捻りか飛躍を持たせてほしかったと思う。
ただ、この歌が面白みに少し欠ける原因はそこだけではなくて、一般論にしか読めない点に問題があるのではないか。時間を敵にまわして生きているのは誰なのか、一般論ではなく特定する方法もあるのでは。
歓迎会兼送別会の出しものは、加藤・三ヶ田のコントが受けた
日記に書いたことがたまたま定型になっていた、ような歌だ。ただ、普通は「歓送迎会」というから、これはわざわざ定型にしたのである。率直に言うと、ちょっと困った。どこに歌の眼目があるのかよくわからない。「そうですか」と言って終わらせてしまいたくなる。でも書かなくちゃいけないので、数日かけてこの歌について考えた。
これをアララギである、と考えてみよう。例えば斎藤茂吉の「税務署へ届けに行かむ道すがら馬に逢ひたりあゝ馬のかほ」を思ってみる。有名だからいい歌と思い込んでいるけれども、これだって「税務署に行く道で馬に逢った」ってだけの、今日のできごとをそのまま書きました的な歌。「そうですか」と終わらせてもいい。いいけれども、当然最後の「あゝ馬のかほ」というのが異様だ。何ですか、「あゝ馬のかほ」っていうのは!とびっくりする。しかしこの「何ですかこれは」の部分がないと、歌はちっとも面白くならない、と思うのだがどうか。たぶん作者はこの異様な部分が嫌いなんだろう。なるべくそれを排除したいのかもしれない。ではそうすると、現代に口語でわざわざ定型の韻文を書くことを選ぶ異様さについては、どう考えればいいのだろうか。なぜ散文ではなく、韻文でなければならないのか。それこそ私自身が常々困難に思う問題のひとつなのである。
ところで以上三首には、一字空けと読点による、一拍の休止が必ず入っている。これは意図的なものだろうから、かすかに韻文を崩して風穴を空けようとする気持ちの表れなのかもしれない、と思ったことを最後に付け加えたい。
錦見映理子(にしきみ・えりこ) 未来短歌会所属。歌集『ガーデニア・ガーデン』
傘の用途・稚拙・兼送別会。これらの言葉に引っ掛かる感じは共有できました。それというのも、今までこの企画の流れの中で、今回だけ特に違ったことがありまして、それはつまり私が感想を書いた以後に作者のプロファイルが変わって見えたということにあります。それに伴い私の読みは再び変わりました。作品に私が関わることで作品は変わらないけれども作者の提供する情報が変わる。それによって私の作品に対する感想も変わってくる。再帰的な情報システムの齎すものを垣間見られたと感じました。
投稿情報: (た) | 2009年6 月23日 (火) 02:19