新旧のお正月休みで、長らく更新していませんでしたが、+a crossing 再開します。
第13回の歌人は、魚村晋太郎さんです。死んでしまった人の日記のそばに「あなた」を偶然見つけてしまったとまどいも、美しいことのように思われる三首でした。
どうぞお読みください。
日記 魚村晋太郎
記憶では川だつた場処まだわかい欅の幹にあなたはふれる
セーターのむねの起伏がなぜだらう知らないひとのやうで春霖
死んだひとが日記に書いた春の雨にあなたの肩がぬれてゐたこと
魚村 晋太郎
1965年川崎市生まれ。90年代から現代詩の朗読を行い、能やダンスなど他ジャンルとのコラボレーションも手がける。歌集に『銀耳』(現代歌人集会賞)、『花柄』。「玲瓏」編集委員。現代歌人協会会員。
今まで感想を書いてきましたが、主に意味の陰圧に対する反応であったように感じます。今回も例によって評などを頼りつつ感想を追記します。
「こと」「ない」などの陰圧の強い類の言葉は、丁寧に修飾されることによって受け入れ可能な場合もあることがわかってきました。現実感に対するアプローチとして、「記憶では」「なぜだらう」「死んだひとが日記に書いた」に見られるモノローグの挿入は一首全体の信頼性を主体に委ねる形になっており、俯瞰する記述とセットになって、言語が感覚に迫る限界へのエクスキューズに誠実さを感じさせます。ムーミントロールのはだはビロードのようだと邦訳本には書かれています。言及する領域の判断は難しいのですね。
投稿情報: (た) | 2009年4 月17日 (金) 17:44
コメントありがとうございます。
投稿情報: 島 | 2009年3 月23日 (月) 18:44
おひさしぶりです。いきなりいきます。
三首目
死んだ人が日記に書いた春の雨にあなたの肩がぬれてゐたこと
これ、難しかったんですけど、
「死んだ人」=「あなた」で
①春の雨にあなたの肩がぬれてゐたこと
を、一人称で作者が描写し
(一人称は、「あなた」との生きた時間の象徴)
②そのことを「あなた」が、''自分がぬれたこと''として日記に書いたのを
三人称の視点で、あらためて「死んだ人が日記に書いた」
として、描写しているのではないか
(三人称は、「あなた」が死んだ現実を厳然として捉えていることの象徴)
そんなふうに、感じました。
しっちゃかめっちゃかで、伝えられたか定かではありませんが、
しかめっつらで、失礼いたします。
投稿情報: 山本剛 | 2009年3 月17日 (火) 03:45
ABA'の構成。静かにやわらかく端整な感じがしました。
連想した曲
Fauré:Elégie - Jacqueline du Pré(Vc)
http://www.youtube.com/watch?v=WLKdq6cL_zo
投稿情報: (た) | 2009年3 月15日 (日) 11:48